S:血濡れの甲殻 イヌショキー
コザマル・カの食物連鎖で頂点に立つ生物が何か、わかるかい?それはキラーピラニアでもなく、ピューマでもない、両腕に鎌状の刃を持つ巨大昆虫なんだ。奴らは動くものを見れば即座に襲いかかるほど凶暴なんだけど、なかでも桁外れに獰猛で、地域の脅威となっている個体がいてね。それがイヌショキーさ。その名はハヌハヌ語で「聖血に染まる装甲」を意味するが、実際に、奴の甲殻は獲物の返り血で赤く染まっているらしい。ちなみに奴は頭の良さでも知られていてね。大気を漂う、ある種の燐光を目印にして、環境エーテルが濃く獲物が多い場所を探し出すそうだよ。
~ナッツクランの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
熱帯のジャングルを思わせるコザマル・カの密林。ここには様々な生物が生息している。川には危険な食人魚や両生類が住み、森の中には獰猛な肉食動物が暮らす。とりわけその生息数が多く危険なのが昆虫類である。一口に昆虫類といっても大きなものから小さなものまで、またモンスターとして認知されているモノから、単に危険生物として取り扱われているモノまでその種類は様々で、その種類の数だけ多彩な危険があると言える。例えば、小さなもので言えば猛毒を持ち人の命を奪う力を持つ火蟻や毒蜘蛛、毒の鱗粉をもつ毒蛾、それに出血熱などの病原菌を媒介する蚊など間接的なものまで考慮するとまさに数えきれない。
そんな密林の中に暮らす危険生物の頂点に君臨すると言われるのがイヌショキーだ。本能のままに行動し、異常に堅い甲殻と怪力を持つ昆虫でありながら人の3倍はあろうかという大きな躯体を持つ。それだけで十分脅威だが両腕にある鎌のような刃で動くものにならなんにでも襲い掛かる見境のなさも備えている。少なからずカマキリの遺伝子を持つことが予想されるが、なんせ個体数が少なすぎて出現数は都市伝説並みに低く詳しいことは分かっていない。そんな稀少な生物がこの森に現れたのだという。
Aクラス以上のリスキーモブはどんなに熟練した冒険者のパーティーでも手に負えず、全滅してしまうことが多い。そのためトライヨラ連王国のモブハントを仕切るナッツクランの呼びかけに応じ大勢のハンターや冒険者が集まり、まだ幾つも星が見えるような明け方から比較的樹木の密度が低く見通しの良いこの場所に潜み、その希少生物が移動してくるのを待ち構えていた。潜んでから数時間、ちょうど緊張の糸が緩み始めた頃、それは突然の事だった。あたしたちが潜んでいた藪のすぐ脇の樹木が空気を震わせるほどの大きな音を立てながら、奴との戦闘場所と想定されていた空地に向かって勢いよく倒れた。それと同時にあたしたちを含む7人の冒険者が潜んでいた藪が物凄い横薙ぎの力で吹き飛ばされ宙を舞った。一体何が起こったのかわからないままあたし達が空中を舞った。飛ばされながら混乱した頭で状況を確認する。一緒に宙を舞っているのはさっきまで一緒に隠れていた冒険者たちだ。
「出たぞーーーー!!」
他の場所に潜んでいた冒険者たちが鬨の声をあげて駆け出すのが一瞬見えた。
そうか、あいつにやられたんだ…。地面に叩きつけられながらあたしは漸く事態を飲み込んだ。強か背中を打ち付けたせいで呼吸がしにくかったが体勢を整えると周囲を確認した。相方も呻き声を揚げながら起き上がろうとしている。無事のようだ。さらに周囲に目をやると同じように吹き飛ばされた仲間が見えたが、不意を突かれたこともあってすぐに立ち上がれる者は少なそうだ。それに残念だが体が切断されて既にこと切れてしまっている仲間もいた。幸いあたしも相方も潜んでいた藪の枝や幹が緩衝材になり体が分断されることはなかったが一歩間違えばと思うと身が縮む思いがした。
既にイヌショキーの周りには多くの冒険者が群がり奮戦している。相方はふらつきながら立ち上がると息を大きく吸ってから戦斧を抱えてイヌショキー目掛けて走り出す。
あたしも杖を構えると火力のある魔法を立て続けにぶち込んでやるために準備魔法の詠唱を始めた。